「私たちは ”アマゾン屋になりたい” 」アマモス・アマゾン 武田さんに聞いた、産地に還元するチョコレート産業の原点【海ノ向こう編集室】
2022年2月から取り扱いをスタートしたアマモス・アマゾン株式会社のチョコレート Na'kauシリーズ。今回は、代表取締役を務める武田エリアス真由子さんにインタビューを行いました!
チョコレートとコーヒーはともかく似ている。果実の種が原材料であることはもちろん、発酵や焙煎を経て作られるなど、その共通点は数え切れない。ペアリングの相性も抜群だ。今冬、海ノ向こうコーヒーでもアマモス・アマゾン株式会社(以下、アマモス・アマゾン)のチョコレートを販売することとなった。彼らはブラジル・アマゾナス州(以下、アマゾン)の自然と人々の暮らしを守るべく、アグロフォレストリー※の普及や野生種のカカオを使ったチョコレートの製造・販売などを手がけている。産地に足を運び、農家と一緒に品質向上や環境保全に取り組む海ノ向こうコーヒーとの間には共通、むしろ共鳴する点も多い。
さらに彼らの活動では携帯も通じない・交通の便も悪いエリアで農家と関係を築き、独自の製造フローを作り上げたことに驚いた。現地ではカカオ生産における ”定石” が通用せず、失敗のリスクも計り知れない。そんな無謀ともいえる状況を逆手に新たな産業を作り上げたという。彼らの足跡をたどると、枠組みに捉われない身軽さと「アマゾンに還元する」という強靭な意志が見えてくる。そんな彼らを突き動かしているものは何だろう?今回は、アマモス・アマゾンの武田さんにインタビューを行い、その原動力に迫った。さらに海ノ向こうコーヒーとの接点を探ることで、企業同士の枠を超えたペアリングを試みたい。
※アグロフォレストリー:農業(Agriculture)と林業(Forestry)を組み合わせた造語。1つの土地で種類や高さの異なる農作物を育てることで、森を伐採せずに安定した収入を生み出す環境と人に優しい持続可能な農法。
アマモス・アマゾン株式会社
環境保全と経済の両立を目指すアグロフォレストリーの普及の経験と、アマゾン愛から設立された。産地に根付いた活動、日本とアマゾンをつなぐビジネス。双方を組み合わせることで、持続的かつ効果的なインパクトを生み出すことを目指している。
- Webサイト:https://www.ama-ama.co.jp/
- Instagram:https://www.instagram.com/amamos_amazon/
- Twitter:https://twitter.com/AmamosAmazon/
- Facebook:https://www.facebook.com/AmamosAmazon
代表取締役 武田エリアス真由子
国際基督教大学(ICU)卒業後、民間企業で働いたのち、主にアジア·アフリカ地域における開発プロジェクトに従事する中で社会・経済・環境が両立する仕組みへの関心を高める。2011年たまたま訪れたブラジルに「ここだ!!」と惚れ込み、アマゾンにおけるアグロフォレストリー普及事業に関与し始め、NPO法人クルミン・ジャポン設立メンバーとなる。2017年からプロジェクト実施&研究留学で現地に暮らし、年の1/3をアマゾンで過ごす中でさらにアマゾン愛を高め、起業。東京大学大学院 新領域創成科学研究科 サステイナビリティ学グローバルリーダー養成大学院プログラム修士課程修了。研究テーマはアグロフォレストリーの世帯経済効果。
「ブレがあっても良いんだ」。アグロフォレストリーから始まったチョコレート作り
海ノ向こうコーヒー(以下、うみむこ):アマモス・アマゾンは、ブラジルでアグロフォレストリーの普及活動からスタートして、カカオの栽培やチョコレートの製造に広がったそうですね。その経緯を教えていただけますか。
武田エリアス真由子さん(以下、武田):元々、海外で医療や保健などの支援を行うNPO法人HANDS(以下、HANDS)として、のちにNPO法人クルミン・ジャポンの共同創立者となる定森が、ブラジルで最も貧しいアマゾン地域で活動していました。そこから数えると20年ちかくになりますね。
うみむこ:20年も!
武田:当初、医療や保健分野から着手しようとしましたが、色んな問題の根底には貧困があることに気づきました。生活が成り立たない中で保健指導を行っても定着しづらいんですね。同時期に、アマゾンの環境破壊も問題になっていたので、アグロフォレストリーの普及活動も行うことになったんです。そして2015年に、HANDSがブラジルから撤退することになった時に、定森とともにNPO法人クルミン・ジャポンを立ち上げて活動を引き継ぎました。そこから現地パートナーと野生種のカカオを使ったチョコレートの製造を始めて、さらに販売活動を行うためにアマモス・アマゾンを設立したという流れです。
うみむこ:アグロフォレストリーの中でも、野生種のカカオに注力している理由を教えていただけますか。
武田:アグロフォレストリーは通常の農業に比べて労力が大きく、世界的に見ても定着しづらい現実があります。私自身、農家にとって大変さに見合うメリットがあるのか疑問を抱いていました。当時私が大学院でアグロフォレストリーの経済効果について研究していたこともあり、毎月農家に家計簿をつけてもらい、その実態を調べることにしました。結果、アグロフォレストリーを行っている農家の収入が平均より高いことは分かりました。さらにその中でも格差が大きい上に、導入したからといってアマゾンのように市場アクセスが極端に悪い地域においては、適切に付加価値を上げて流通させないと儲かりにくいことも判明したんです。
うみむこ:そうなのですね。
武田:新たな策を探っていた時に、アマゾンにはカカオの野生種が生息していることが分かりました。しかし、品種改良種のカカオは通常と見た目や種のサイズ、味、収穫の時期がまったく異なります。特に豆のサイズが小さいことから "効率が悪い"とみなされて、カカオオイル用に安価で取引されることはあっても、それ以外はほとんど見捨てられていたんです。
うみむこ:現地では、チョコレートの材料になるという認識もなかったのでしょうか。
武田:ありませんでしたね。チョコレートの原料となるために必要な「発酵」のプロセスが一切行われていませんでした。でもカカオとアグロフォレストリーは相性が良いし、なんといっても年単位で保存できる。国際マーケットに流通させやすいこともあって、カカオの栽培とその付加価値を高めるための加工(発酵・乾燥)に注力することにしました。ただ、アマゾンは物流コストという問題があります。
うみむこ:日常的にもボートで移動するとか。
武田:そう、現地には道路がないので車の7倍ものコストのかかるボートで移動します。集落も僻地に点在しているので、どこかに集めて加工することも難しくて。
うみむこ:通常、チョコレートが作られる過程では、農家が栽培したカカオを現地の業者が集めて大きな工場で発酵作業を行うそうですね。
武田:そのフローだと、農家がチョコレートの原料提供者より上の立場になることはできず、収入も上がりにくい。経済効率を追求した工業型農業がアマゾンの森林を壊していることを考慮すると、工場を作ってカカオを画一的に生産する以外の道もあるのではないか。だから、農家にはカカオの栽培だけでなく発酵作業も行ってもらうことで、未発酵のカカオより3倍以上の価格で買い取ることにしました。
うみむこ:それは画期的な取り組みだったのではないかと思います。ただ、品質やフレーバーにブレが生じるリスクもありそうですね……。
武田:確かに、品質が安定しないというリスクはありますが、私たちは「ブレがあっても良いんだ」と考えを振り切ることにしました。彼らは集団で仕事をしたり、計画を立てることが得意ではなく、個人主義で野生的です。でも機械など何もない場所で暮らしてきたから、工夫することがとても得意。回を重ねるごとに品質が上がるし、「自分のカカオだ」という責任感や自信にもつながっていますね。
行動を起こすものさしは、「アマゾンに還元する」こと。
うみむこ:農家にはどのように働きかけていきましたか?
武田:村で寝食を共にしながら、私たちの思いを辛抱強く共有していきました。実は、農家も含めて、アマゾンに暮らす人たちはとても疑い深いんです。
うみむこ:疑い深いとは?
武田:アマゾンは資源が豊富で、世界中から人々を惹き付ける場所です。リサーチには来るけど、その後採算が合わないなどの理由から戻ってくる人は極端に少ない。だから現地の人々は新参者に対して懐疑的です。私たちも、彼らが栽培したカカオを商品として継続的に購入できるようになって初めて、本当に信頼関係を築くことができたと思います。
うみむこ:カカオに着目して、チョコレートとして販売できる形になるまでにどれくらいの時間がかかりましたか?
武田:3年くらいですね。最初は一人の農家さんからカカオを買うことからスタートしました。カカオを発酵してもらうことにしてからは、ともかく試行錯誤のくり返しで。通常、カカオを発酵させる習慣のある地域では、それぞれの特性に合わせたプロトコル(手順)が存在します。しかし、アマゾンでは誰も野生種のカカオを発酵させたことがないので、そもそもプロトコルが存在しませんでした。ブラジル国内の他のカカオ産地で使われているプロトコルを用いてみても、当てはまらないことが多かった。だから、いちから作る必要があったんです。
うみむこ:それには、まったく新しいものを作るくらい労力がかかりそうですね。
武田:そうですね、現在も、私たちの技術指導者が年間を通じて彼らのもとを定期的に訪ねてフォローを行っています。カカオの栽培や発酵には手間がかかるし、全員がマスターできるわけではないので、他の農作物をブラジル国内に販売するお手伝いをすることもあります。
うみむこ:農家ごとにフォローの形が違うのですね。カカオ栽培はその引き出しの一つで。 さらに通常、発酵した後のカカオはヨーロッパや日本でチョコレートに加工されますが、アマモス・アマゾンでは現地にある工房と協働でチョコレートに加工する工程まで行っているそうで。
武田:以前から、農家、加工業者、消費者の距離が離れていることに疑問を感じていました。何かを改善したい時に一緒に考えられる距離感は大事なので、どうしても現地でやりたかったんです。実際、農家と加工業者が同じエリアに集まっているとすぐに改善できるから、PDCAのサイクルを速く回せるようになりました。
うみむこ:チョコレートに加工する工房とはどのように出会われましたか?
武田:アマゾナス州には工房が1ヶ所しかなく、人伝いに存在を知ってアプローチしました。そこでも怪しまれながら関係づくりを始めましたが、彼らの現地ネットワークを通じて活動の幅が一気に広がりましたね。私がよそ者だからこそ担える役割があるし、現地にいる彼らだからこそできることがある。先日も、現地で初めてカカオ農家を集めたワークショップを開催しましたが、それも彼らがいてくれるからこそ実現できたことで。
うみむこ:これまでの過程を伺う中で、業界の ”定石” が通じない状況で、新しい製造フローや体制を作り上げた。さらに、以前から疑問に感じられていたことに対する解決策を盛り込んだ点に驚かされました。そこで改めて、武田さんたちを突き動かす原動力は何だろうって。
武田:いやぁ、社名を「We love アマゾン」という意味を込めてアマモス・アマゾンにしましたが、この言葉通り、もうアマゾンに惚れこんでしまった。アマゾンが好きで好きで、そこに暮らす人たちも大好きで。
うみむこ:アマゾンのどのようなところに惹かれたのでしょうか。
武田:いっぱいありますが、現地に行くと生物に戻るというか、野生に帰るというか。私たちがアマゾンにほれ込んだ要素には、日本で暮らす人々にとっても大切なヒントが詰まっています。色んな国で働いてきたけれど、アマゾンと出会って個人的にも生きやすくなったように感じていて。
うみむこ:アマモス・アマゾンのヴィジョンに ”「野生」に触れて、「野性」に還る。” と掲げているのも、武田さん自身の経験が反映されているのですね。
武田:そうですね、コロナ禍もあって1年半ほど訪問できていませんが、彼らのために動きたいと強く思います。実際やってみたらチョコレートに限らず、アマゾンで誰もビジネスをやろうとしなかったことが納得できるくらい大変で。採算やリスクを考えると、「絶対だれもやらない」と思います。でも、そこがものさしじゃないんですよね。
うみむこ:では武田さんにとって、行動を起こすものさしとは何でしょう?
武田:「アマゾンに還元する」ことですね。アマゾンを利用したビジネスはやりたくない。ストーリーを伝えるにしても何を売るにしても、アマゾンにちゃんと還元できるか、アマゾンに暮らす人々のためになるのかを軸に考えていきたいなと。
うみむこ:産地を一方的に消費しないという姿勢、本当に大事だと思います。
武田:特にアマゾンは、メディアのドキュメンタリーや冒険記などで一方的に消費されることが多かったりしますね。つまり、私たちはチョコレート屋になりたいわけじゃなく、アマゾン屋になりたいんですよ、アマゾンのことを伝えてアマゾンに還元する。チョコレートはその手段の1つ。将来的には食品以外の事業もやるかもしれませんが、チョコレートを販売する以上は美味しさも追求していきたいなと。
産地に対する想いとビジネス感覚とのはざまで。広く届けるために必要な気がまえとは。
うみむこ:ここからは、アマモス・アマゾンと海ノ向こうコーヒーの接点を探っていきたいと思います。コーヒーもチョコレートと一緒で、産地で栽培から発酵まで行っています。しかし品質管理が難しく、農家とコミュニケーションを取ってもなかなか通じ合えないこともあったりします。そこで、アマモス・アマゾンでは農家とどのように関係を作っていますか?
武田:ブラジルの、特にアマゾン地域でビジネスをやるなら、何よりもまず友達にならなきゃいけない。ビジネスライクな関係だと、物事が前に進みません。だからまずは友達になって「私はあなたを助けたいし、あなたも私を助けてね」という関係を築きます。アジアのコーヒー栽培ではいかがですか。
うみむこ:友達になることも大事ですし、国によっても変わりますが、まずは農家に笑ってもらうことですね。それまでは本題に入らない。さらに、できあがったものを買うことから始めて、現地のリーダー的存在とつながります。その人を中心にコーヒー栽培を盛り上げてもらうことで、コミュニティによっては大きく生産量が伸びて、農家の収入がアップします。アマゾンでも集落にリーダー的な存在の方はいらっしゃいますか?
武田:インフルエンサーのような人はいますが、個人主義ではあるので、コミュニティをまとめる人はあまりいません。でも、年配の女性で饒舌なタイプな方が周囲を巻き込むのが上手で、リーダーのような存在になりやすいです。その人たちと一緒にいかに盛り上げを作っていくかが大事で。
うみむこ:なるほど。さらにアマモス・アマゾンでは、農家の顔が描かれたパッケージが親近感を生み出してとても良いなと。
武田:ありがとうございます。もともとカカオはアマゾンの自然と農家がいないと存在しない、アマゾン原産のものです。なのに、チョコレートはヨーロッパのスターパティシエや多国籍企業主導で作られ、消費され続けている。私たちとしては、カカオの生まれ故郷でチョコレートを作っているからこそ、「アマゾンの自然や農家にもう一度スポットをあてたい」という思いがあります。その思いから、「源泉に近いチョコレート」という表現を使ったりしていますね。Bean to Barチョコレート※でそのような形で販売しているところはないので、私たちの特徴として注目いただいています。
うみむこ:商品のトレーサビリティにもつながりますね。作り手のストーリーも伝えつつ、利益など商業的なバランスを取る難しさもありますよね。これは扱う人の熱量や産地にどのような形で還元しているのかを伝え続けるしかないなと。
武田:ちなみに、お客様に提案したり伝えたりする中で、どんなことを心がけてますか?
うみむこ:いつも迷っているところですが、まずはお客様の土俵に立って、プロフェッショナルな目線でニーズに合った商品を提案しています。そこで認めていただきつつ、私たちが目指しているのはもっと大きな未来であることを伝え続ける。伝道者のような役割を担う感じで。
武田:なるほど、辛抱強さがいるんですよね。チョコレートも日本で売ることを考えたら、自分の頭を切り替えなきゃいけないシーンもたくさんあるけれど、それをやりすぎるとどこに軸を置いたらいいか分からなくなっちゃうことも……。
うみむこ:大事なのは、私たちも農家と共同で生産しているという「共同生産者」、co-producerという意識ですね。私たちの意識改革もすごい大事で。コーヒーは美意識や感性で楽しむ側面もあるので、コーヒーにもチョコレートのような「気軽に楽しもう」という意識を取り入れたらもっと敷居が低くなると思います。
武田:チョコレートは敷居が低すぎて、ながら食いをしたり、ジャンクフードとして楽しまれることも多いんです。珈琲みたいに1日何回も摂取する人もそんなに多くない。アメリカに比べると、日本のBean to Barチョコレートの市場は1/10くらいという話しを聞いたことがあります。
うみむこ:Bean to Barチョコレートの市場は2010年代から盛り上がってきたので、これからも色んな変化が起こりそうですね。コーヒー業界は先輩たちによる長年の努力のおかげで必需品に近い存在になってきましたが、まだまだ敷居を下げないといけない部分もあれば、産地のストーリーを発信し続けないといけない部分もある。その両方をバランスよく保つことが重要なんだろうと感じます。
武田:なるほど。ものを届けることに対してはまだまだ勉強中なので、今日お話しできてすごい面白かったです。
うみむこ:こちらこそ!ありがとうございました!
※Bean to Bar:カカオ豆からチョコレートになるまでの過程を、トータルで手がけること。