京都精華大学 ナン ミャ ケー カイン先生に聞いた、ミャンマーの現在と私たちにできること【海ノ向こう編集室】
2021年2月にミャンマーで起きた軍事クーデター。1年が経とうとしているいま、現地はどうなっているのでしょうか。今回、ミャンマーの現状を学ぶために、京都精華大学 ナン ミャ ケー カイン先生インタビューを行いました。
2021年2月、ミャンマーで軍によるクーデターが起きたことは記憶に新しい。未だに国内情勢は混乱し、経済も低迷しているという。海ノ向こうコーヒーでは、現地のパートナー・ジーニアスコーヒーと農家さんをサポートするために色々な策を講じてきたが、その中でふと浮かんだのは「現在のミャンマーはどんな状況なんだろう」という疑問。クーデターが起きた直後は、市民による抗議活動や軍による弾圧が行われていた。しかし、現在は状況が好転しているニュースもあれば、未だに目を疑いたくなるような凄惨なニュースも目にする。ならば、その現状を知ることから始めようと、2021年10月に京都精華大学 ナン ミャ ケー カイン先生(以下、カイン先生)にインタビューを行った。カイン先生は京都精華大学 国際文化学部で東南アジアの開発経済や産業に関する分野で教鞭をとる傍ら、通訳・翻訳、ミャンマーでの日本語学校の運営など、日本とミャンマーを様々な形でつないできた。現在はミャンマーの現状を伝えるために、シンポジウムへの登壇や調査などにも精力的に取り組んでいる。
カイン先生のお話を聞きながら、ミャンマーの凄惨な状況に言葉を失ってしまった。しかし、日本からでも私たちにできることはあるはず。今回のインタビューは、コーヒー業界に限らずたくさんの方に届くことを祈って発信していきたい。
※内容等は取材当時のものです。
ナン ミャ ケー カイン先生
ミャンマー出身。来日して31年。日本を第二の祖国と思っている。立命館大学で博士(国際関係学)取得後、東京外国語大学で外国人特別研究員を務めた。2005年度より東京外国語大学、立教大学、國學院大學、明治学院大学、駒澤大学など複数の大学で「開発経済学」「東南アジア地域研究」「現代産業事情」などを非常勤講師として教える傍ら、通訳・翻訳も数多くこなす。2016年よりミャンマー、ヤンゴンにミャ日本語学校を創設し、ミャンマーの若い人たちが日本留学を目指す時、適切な情報の提供と来日前、日本語学習の機会を提供する学校を目指して運営している。2019年よりミャ・ジャパン・サービス・サーペー出版社の運営に関わっている。2021年度より京都京都精華大学特任准教授に就任。
- 京都精華大学Webサイト:https://www.kyoto-seika.ac.jp/edu/faculty/namya.html
身体的にも、精神的にも厳しい戦いを強いられるミャンマーの人々
海ノ向こうコーヒー(以下、うみむこ):色んなニュースを見たり、現地から話を聞いたりするんですけど、ミャンマーの全体像が掴めなくて。実際はどんな状況なのでしょうか。
カイン先生:私も正確な情報は把握しにくい状況です。しかし、ミャンマーの主要メディアを見る限りでは、つい先日、軍に対する抗議活動に参加して拘束されていた人々が釈放されるというニュースが流れました。しかし、釈放された直後に刑務所の入り口で再度捕まえられたという報道もあって。
2021年10月18日に約5,600名が釈放されたものの、家に着いた途端、もしくは刑務所から出た途端に別の容疑で110名が再逮捕され、今なお約7,000名が拘束されていると発表されています。
※参考 NNA ASIA:https://www.nna.jp/news/show/2253151
うみむこ:えぇっ!?それは「釈放した」という既成事実だけを作ったような……。
カイン先生:本当のところは分かりませんが、再逮捕した目的は人々に精神的なダメージを与えることだと思います。何ヶ月も刑務所にいて釈放されたら、やっぱりうれしくなるじゃないですか。その気持ちを踏みにじることで、本人だけではなく、家族や周りの人に対してもダメージを与えることができます。以前は抗議活動の弾圧など身体への攻撃がメインでしたが、現在は精神にダメージを与える、姑息な方針に変えてきたのかなと。
うみむこ:被害にあった人々は自らその現状を発信しているのでしょうか。
カイン先生:被害者の家族や友人が発信できるサイトが立ち上がっています。しかし、精神的に抑圧されているので、声を上げられない人もたくさんいますね。日本に暮らすミャンマーの人たちも抗議活動に参加していますが、その多くが犠牲を払っているんですよね。
うみむこ:犠牲とは?
カイン先生:ミャンマーにいる彼らの両親は、かつての軍事政権を知っている世代で、いまだに軍に対して恐怖を抱いています。だから、「できれば抗議活動に参加しないでくれ」と自分の子どもを止めるんですね。若い世代の中では「この戦いを終わらせたい」という気持ちが強く、家族内で分裂が起きるわけです。それは表には見えないし、本人たちもなかなか言いづらい。なので、若い人たちも心に何かしらの負い目を抱えながら抗議活動に参加していますね。
うみむこ:では、若い人たちの精神的な支えになっているものは何なんですか?「なんとかこの戦いを勝ち取るんだ」という気持ちもあるはずですが、日々生活する上で支えになるものとは?
カイン先生:彼らは「自分たちの未来を軍に摘み取られてしまった」と感じています。例え軍のもとで平穏に生活できたとしても、自分たちの精神的な自由や未来ががないんだと。だから、以前の民主的な生活を取り戻したいという気持ちを支えに行動しているんですね。
現在は若い人たちが「デジタル・レジスタンス」という形で、軍の弾圧に抵抗する動画やメッセージをインターネットやSNSで発信しています。この活動により、軍によって殺された市民が街中を引きずられる様子など、凄惨な状況が明るみになりました。
軍はインターネットを遮断するなどしてその動きを封じ込もうとしましたが、海外に暮らす人々がサイトなどを通じてその抗議運動をサポート。このように一人ひとりがインターネットやSNSを武器に対抗する様相は、過去のクーデターと大きく異なります。
いつ爆発するか分からない "休火山" 状態
うみむこ:現在、ミャンマーの街中はどんな状況ですか?
カイン先生:20時以降は外出禁止令が出ていますが、主要都市・ヤンゴンでは、日中であれば普通に生活できているようですね。本来ならばこの時期にお祭りがあって人々が寺にお参りをするんですが、それを控える人が多いようです。しかも「雨安居(うあんご)」という仏教の修業期間が終わったこの時期、本来ならば各村々で結婚式や男の人がお坊さんになる得度式(とくどしき)なども行われる時期ですが、今年は中止されているようです。
うみむこ:文化的な営みも娯楽も抑えられて、気持ち的にも落ちる負のループですね……。ちなみに、経済活動は行われているのでしょうか。
カイン先生:経済は破綻していますね。街中のスーパーは営業しているけれど、個人経営のお店はコロナの影響もあって潰れてしまったり、軍からの命令で開けられない店があったり。一時期は、銀行も店頭で取引できませんでした。
うみむこ:ATMに人がずらぁと並んでいる写真をみました。
カイン先生:今でもATMにお金は補充されないし、まったく稼働してないです。最近はクレジットカードも使用できなくなったんですよ。また、ヤンゴンでは大きな抗議活動や軍による武力制圧はなくなりつつあるけれど、一人暮らしの若い男性が突然軍に捕らえられる事件が起きているようです。一人暮らしだと周囲もすぐに気づけないから怖いですよね。私が現地で運営している日本語学校の男性スタッフにも、毎日安否を知らせるメッセージを送るようにお願いしています。
うみむこ:安心できない状態が続いているんですね。
カイン先生:やっぱり、どこで何が起きるか分からないんですよ、突然街中で爆発が起きることもあるし、その犯人を捕まえるために軍がその一帯を抑えて一軒一軒ドアを壊して調べたり、家族がいたら人質として捕えたり。表面的には安全に見えるけど、いつ爆発するか分からない状況で、今のミャンマーは "休火山" に例えたらいいのかもしれない。
うみむこ:本当に軍が何を考えて、次に何をしでかすか分からないところが怖いですよね。
カイン先生:軍は国のために行動して、抗議活動を行う市民はテロリストだと思い込んでいるんですよ。その価値観を変えることは本当に難しいと思います。
プロジェクトを立ち上げて詳しく情報開示。その積み重ねが共感の輪を広げる
うみむこ:そんな状況のミャンマーに日本からどこまで共感を持つことができるのか考えることが重要で。僕らみたいにコーヒーを取り扱う人ができることって、ミャンマーの現状とともに彼らのコーヒーを広げることなんですよね。現地パートナー・ジーニアスコーヒーは800世帯の農家さんから豆を買い取って日本に輸出していますが、今回の混乱で市場に豆を流通できなくなって在庫を抱えて、一時は倒産寸前にまで陥りました。
カイン先生:そうだったのですね。
うみむこ:農家さんからコーヒーを買い取るためには莫大な資金が必要なので、僕たちは彼らの生豆を追加輸入することにしました。ジーニアスコーヒーは農家さんをサポートしながら一緒に品質向上に取り組む点が素晴らしく、彼らの活動を止めるわけにはいかないわけで。そんなミャンマーのコーヒー豆を広めるためにはどうしたらいいのでしょうか。
カイン先生:コーヒーを売ることで、ミャンマーの人々にどれくらいの資金が送られるのか明示するといいと思います。さらに、コーヒーを飲まない人でも賛同したくなる内容で考えてみてはいかがでしょうか。例えば、今回の混乱で特に被害を受けているのは女性や子どもたちなので、コーヒーを買うことで「孤児院に寄付する」という目的を設定したり。パッケージにミャンマーの現状を載せて発信したりすることも大切かもしれないですね。
うみむこ:なるほど。プロジェクトの背景や効果も発信すると賛同してくれるお客様も増えますよね。現在もお店で募金を集めているお店もあって、「現地に送るにはどうしたらいいかな?」とご相談いただくこともあります。
カイン先生:海ノ向こうコーヒーから仕入れた豆をロースターさんが焼いて、さらにカフェなどに卸すこともありますよね。例えば、一般消費者に届ける時に「このコーヒーはミャンマー産で、この豆を買うことでこんな効果があります」と伝えてもらうのも良いのではないかと。飲む人の意識の中に少しでも「今ニュースで報道されている、あのミャンマーの豆を使っているんだ」と留めてもらえるのではないかなと。今でもパッケージに農家さんの名前が書いてあってすごく良いと思います。どんな人たちが作ったコーヒーなのか知ったら、親近感がわきますよね。
うみむこ:ありがとうございます。海ノ向こうコーヒーでは、マイクロミルプロジェクトを立ち上げて2021年1月にミャンマーの村でコーヒーの加工場を作りました。農家さんたちが加工作業も担うことで品質が上がるし、何よりも「その村のコーヒー」として価値も高められるんですよ。
マイクロミルプロジェクト:海ノ向こうコーヒーと現地のジーニアスコーヒーと共同でプロジェクトを立ち上げ、日本のロースターさんに出資していただいた資金でミャンマーの各村に精製工場(マイクロミル)を設置しました。
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カイン先生:コーヒーは植えてから収穫できるようになるまでに3年くらいかかるんでしたっけ。ちゃんとした収入源になるまでは5~6年かかると聞いたことがあります。
うみむこ:そうです。農家さんの暮らしは貧しいけれど、コーヒー栽培で収入が得られるようになって、うまく軌道に乗り出した時に軍の弾圧が始まって……今年は外に出るのも危ない状況の中でも、農家さんは頑張って作って、日本に届けてくれました。僕たちはそんなミャンマーのコーヒーを日本でもっと広めないといけないと考えています。情報発信も重要ですが、、ミャンマーの厳しい現状を改めて知ると私たちの活動では足りないのではないかと不安になってしまいます……。
カイン先生:やっぱり共感してもらうことが継続につながるので、情報発信だけでは十分ではないかもしれないけど、ないよりはやった方がいい。それらを1つ1つやっていくとそれが1から10になり、100になっていく。軍に対する抗議活動をしている人たちもそうですね。彼らの多くは、軍によって市民が殺される様子を動画で見たり、聞いたりする中で「やはり、これはいけないんだ」とに思って立ち上がった人たちなんです。そういった積み重ねで今に至っているから、小さくても意味や意義のあることを多くの人に知ってもらうことが大事だと思います。
最後に
「お隣の家で喧嘩が起こっていたとします。その時あなたはどうしますか?」。
2021年3月9日(火)に「ミャンマーの今を考える—ミャンマーとクーデターの現状分析」をテーマに京都精華大学主催で行われたシンポジウムに登壇したカイン先生は、この言葉で発表を締めくくった。
どうするだろうか?警察に通報するだろうか?はたまた止めにはいるだろうか?私たちは生豆を多くの人に届けることでこの答えを、小さくても解決につながる方法を模索したい。そして、生豆を受け取ったロースターさんたちが、さらに多くの人に伝える担い手になってくれることを願って今後も発信していきたい。そう気持ちを新たにしたのであった。